本物を知ること

本物を知ること
2019年8月16日

演奏と記憶力の関係」の記事で書きましたが、上達のために高いイメージを持つことは必須です。

そこで今回は高いイメージを持つ上で意識しておくと良いことをお話しします。ちなみに今回の記事は少し過激な内容になるかもしれませんが、客観的に事実を知ることでより上達に繋がると思いますので敢えて正直に書きたいと思います。

要は「本物を見ましょう」ということなんです。ここでいう本物の定義とは「技術やセンスを含めた音楽的能力が高い人」とします。

勘違いしないでほしいのが、これは別にテクニック至上主義でもなんでもないということです。上手くても作る曲が良くなかったりアレンジのセンスがなかったりしては本物とは言えません。音楽家、いや芸術家として最も大事とも言えるオリジナリティ、創作能力がないんですからね。

ただしこの逆もまた然りで、いくら作曲編曲能力があってもそれを表現する技術がなければ演奏者(ここではギタリスト)としては本物ではないと言えます。

よく「あの人は上手くはないけど味がある」「ヘタウマ」とか言いますがあれは結構ナンセンスだと思います。リズムや音程がズレていて良い音楽なわけないんです。おっとこれは言い過ぎました、音楽に絶対はないし、そういうパターンもあるのは認めます。でもかなりのレアパターンですし、一般的にリズムや音程などの基本的なテクニックがコントロール出来ていない音楽は聞いていて不快になります。

それが一番顕著に表れている例としてはミュージシャンのCDなどの音源をレコーディングするときに、必ずと言っていいほど補正をしているということです。歌の音程がズレていたらパソコンでポチッと音程を合わせます。楽器でも、リズムのズレでも同様です。ラジオなんかでたまに補正していないライブ音源なんかがかかるとCDとの違いにビックリしますよ。ちなみに販売されているライブ音源は補正されていることが多いです。仮に本当に、下手でも味のある演奏という意見を尊重するなら間違っても補正なんてしないと思うんです。

ただ、誤解していただきたくないのですが僕はこの補正すること自体を否定しているわけではありません。文明の利器は十分に利用すればいいと思うしする価値があると思います。良くないことは、そうして作られた音楽を自分のギターで表現したいイメージにする、ということなんです。

補正することによって素晴らしい演奏になるなら良いのですが、ことギターに関して言えば中々そうもいきません。つまり本物かそうでないかがすぐにわかってしまいます。それこそリズムや音程などの最低限の要素はちゃんと補正していてもピッキングの細かいニュアンスや、誤魔化して弾いているところなんかもすぐに分かります。

何故か?理由は2つあると思うんですが、まず1つ目はギターの細かなニュアンスを再現するほど今のコンピュータが発達していない、ということです。僕は専門でないのでそこまでコンピュータミュージックのことは詳しくないのですが、自分で作曲編曲ソフトを触ってみた実感として、「本物のギターのニュアンスは出せない、出せたとしても相当な作業時間がかかる」ということです。細かく調整すればするほど本物のギターには近くなりますが、膨大な手間がかかってしまいます。

ただ、本当の問題はそこではないと思うんです。それは2つ目の理由の「作曲者が本物のイメージを持っていない」ということ、これに尽きると思います。要は、高いイメージを持っている人からすると「え?まだ全然良くないじゃん?ほんとに補正した?」というところで作曲者がGOを出すんですよね。何故ならそのGOを出した作曲者のイメージが低いから

これって実は悪循環なんですよね。そのようにして低いイメージで録音されたギターを聞いて、そのギターを真似する人がいて、またそれを聞いてカッコいいと思う人がいて… 、というような具合に。まあそれを嘆いていてもしょうがないんですが。とにかく言いたいことはそういうものに惑わされないで本物を聞いて真似をしましょう!ということなんです。

で、何故惑わされるかというと、今の音楽シーンが純粋な音楽だけではなく付加価値が重要視されているからです。奇抜なファッション、ステージアクション、面白いキャラなどなど。また、流行りにはみんなが良いと言ってるからという理由で流行るという側面がありますが(集団心理)、これと同じことが音楽にも言えると思います。

つまり、大事なのはこれらのことが悪いということではなく(寧ろこういう現象は良いことだと個人的に思っています)、ギターが上手くなりたいならそのような純粋な音楽以外の要素を敢えて排除してみる、ということが必要なんです。

そうして本当に「音楽」が見えたときに色々な発見があって、新しい世界が見えて、本当の意味でギターが好きになれると思います。その時こそ、今よりもっと上達することが出来る、そう僕は信じています。